非二元ジェンダーの表象分析:ゲーム・アニメ作品における性別不明キャラクターの役割と多様性
はじめに
近年、ゲームやアニメといったポップカルチャー作品において、ジェンダー表現の多様化が進展しています。特に、従来の男女二元論に収まらない「性別不明」あるいは「非二元(ノンバイナリー)ジェンダー」とされるキャラクターの登場は、現代社会におけるジェンダー観の変容を色濃く反映しているといえます。本稿では、これらの性別不明キャラクターが作品内でどのように表象され、どのような意味やメッセージを内包しているのかを学術的な視点から分析することを目的とします。既存のジェンダー規範に与える影響や、多様なジェンダー理解への寄与について考察することで、ジェンダー表現の新たな地平を探ります。
理論的背景と分析視点
本稿の分析を進めるにあたり、以下の理論的背景と分析視点を用いることで、性別不明キャラクターの表象を多角的に捉えます。
- 非二元ジェンダー(Non-binary Gender): 男女という二項対立的な性別の枠組みに自己の性自認が収まらない人々を指します。これは性別違和とは異なり、自身の性自認が多様であることを肯定する概念です。ゲームやアニメ作品における性別不明キャラクターは、この非二元的な性自認を視覚的、あるいは物語的に示唆する可能性があります。
- 表象論(Representation Theory): メディアや文化がどのように現実を「表象」し、それを通して特定の意味や価値観を構築・再生産・あるいは挑戦するかを分析する理論です。キャラクターの容姿、言動、役割などが、ジェンダーに関する社会的規範やステレオタイプをどのように反映し、または逸脱しているかを検討します。
- クィア理論(Queer Theory): 異性愛中心主義的な規範やジェンダー二元論を批判的に問い直し、多様なセクシュアリティやジェンダーの可能性を模索する理論的枠組みです。性別不明キャラクターの分析においては、従来のジェンダー規範からの逸脱がどのように作品内で表現され、それが読者や視聴者にどのようなクィア・リーディングを促すのかという視点が重要となります。
これらの視点に基づき、キャラクターのデザイン、物語内での役割、呼称や代名詞の使用方法、そしてプレイヤー/視聴者との関係性といった具体的な要素に注目し、性別不明キャラクターがジェンダーの流動性や多様性をいかに表現しているかを解明します。
作品事例の分析
ここでは、具体的なゲーム・アニメ作品における性別不明キャラクターの表象事例を挙げ、上記の分析視点に照らして詳細に考察します。
3.1. 『ゼルダの伝説』シリーズのリンク
任天堂の『ゼルダの伝説』シリーズの主人公であるリンクは、その中性的なキャラクターデザインが長年にわたり議論の対象となってきました。特に、近年発売された『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』(2017年)および『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』(2023年)におけるリンクは、その外見と物語内での扱いに、非二元的なジェンダー表象の可能性が見出されます。
- デザインと外見: リンクの容姿は、少年性を保ちつつも、特定の性別に強く偏らない中性的なデザインが特徴です。特に上記の近作では、リンクが多種多様な服装を着用可能であり、男性的な鎧から女性的なロングドレスまで、その選択肢は非常に広範です。これにより、プレイヤーはリンクの性表現を自由にカスタマイズできる余地が与えられています。これは、ファッションを通して自己のジェンダーを表現する流動的なあり方を示唆していると解釈できます。
- 物語における役割と呼称: リンクは常にハイラルの「英雄」として位置づけられ、その役割は性別に依存しません。作中においても、多くのNPCはリンクを「リンク殿」あるいは「勇者様」といった役割名で呼称し、性別を特定する代名詞を用いることは稀です。この呼称の曖昧さは、物語がリンクの性自認を特定の性別に固定しないという制作側の意図、あるいは解釈の余地を提供していると考えられます。
- 制作者の発言と受容: 宮本茂氏(任天堂のゲームデザイナー)は、過去にリンクを「少年」であると語っていますが、一方でプロデューサーの青沼英二氏は、「リンクが男性か女性か、どちらがメインであるかを示すつもりはない」と述べており、受け手による解釈の多様性を許容する姿勢を示しています。これは、作品が意図せずとも、クィア・リーディングの余地を多分に含んでいることを示唆しています。
3.2. 『原神』の旅人(空/蛍)
miHoYoが開発したオープンワールドRPG『原神』(2020年)の主人公「旅人」は、ゲーム開始時にプレイヤーが男性キャラクター「空(そら)」または女性キャラクター「蛍(ほたる)」のいずれかを選択する形式をとっています。
- 性別選択制と物語の進行: プレイヤーは自身のジェンダーに合致する、あるいは好みに応じて主人公の性別を選択できます。しかし、物語の展開において、NPCのセリフやイベントの多くは、選択された主人公の性別を特定しない形で記述されています。例えば、NPCは主人公を「旅人」という役割名で呼ぶことが一般的であり、具体的な性別代名詞の使用は避けられる傾向にあります。
- デザインと表象: 空と蛍のデザインはそれぞれ明確に男性性と女性性を帯びていますが、物語構造自体が性別選択制という形でプレイヤーの主体的なジェンダー決定を促し、かつその決定が物語の進行において強く影響を与えないように設計されている点は特筆に値します。これは、主人公の「性」が本質的なものではなく、ある種の表層的な選択に過ぎないというメッセージを伝えうる構造です。
- プレイヤーの投影: 性別選択制は、プレイヤーが自身のジェンダー・アイデンティティをゲーム内のキャラクターに投影しやすくするための重要なメカニズムです。これにより、プレイヤーはより没入感を高めると同時に、多様なジェンダーを持つ人々がそれぞれの立場で物語を体験できる機会を得ています。
3.3. 『ポケットモンスター』シリーズの主人公
株式会社ポケモンが展開する『ポケットモンスター』シリーズは、長年にわたり主人公の性別選択制を導入し、その表現を変化させてきました。
- 性別選択制の変遷と意味: 初期シリーズでは性別選択が不可能であったものの、『ポケットモンスター クリスタルバージョン』(2000年)で初めて性別選択が導入されて以降、多くの本編作品で男女の主人公が選択できるようになりました。この選択制は、『原神』と同様にプレイヤーの自己投影を促す役割を果たします。
- 呼称と役割: ポケモンシリーズの主人公は、名前をプレイヤーが決定し、作中では主に「主人公」「トレーナー」といった役割名で呼ばれます。性別を特定する呼称が避けられる傾向は、『ゼルダの伝説』や『原神』と共通しており、主人公のアイデンティティが性別以外の要素(トレーナーとしての成長、ポケモンとの絆など)に重心を置いていることを示唆しています。
- ファッションの多様性: 近年の作品では、主人公の服装やヘアスタイルを自由にカスタマイズできる機能が充実しており、性別によるファッションの制約が少なくなっています。例えば、『ポケットモンスター スカーレット・バイオレット』(2022年)では、性別に関わらず全てのプレイヤーが同一の服装アイテムを着用できます。これは、ジェンダー表現が外見上の規範から解放され、より自由な自己表現の手段となっていることを表象しています。
考察と示唆
上記の分析事例から、ゲームやアニメにおける性別不明キャラクターの表象は、単なるキャラクターデザインの流行に留まらず、現代社会におけるジェンダー観の変容を反映し、またそれに積極的に影響を与えている可能性が示唆されます。
まず、従来のジェンダー二元論的ステレオタイプからの逸脱が明確に見て取れます。リンクの中性的なデザインと服装の多様性、旅人の性別選択制と物語における性別言及の曖昧さ、ポケモン主人公の自由なファッションと役割志向の呼称は、キャラクターの価値や役割が性別に固定されないことを示しています。これにより、作品は「男性はこうあるべき」「女性はこうあるべき」といった規範に挑戦し、より多様な人間像を提示しています。
次に、これらの表象は、プレイヤーや視聴者に多様なジェンダーアイデンティティを内面化する機会を提供しています。自己の性自認とは異なる性別の主人公を操作することや、性別を特定しないキャラクターに感情移入することは、ジェンダーが固定的なものではなく、流動的かつ自己決定されるものであるという認識を広める可能性を秘めています。特に性別選択制は、プレイヤーが自身のジェンダー観を作品に投影し、個人的なレベルでのジェンダー探求を促す効果を持つと考えられます。
しかしながら、こうした表現が商業的戦略としての「ジェンダー・ニュートラル」デザインの側面を持つ可能性も考慮する必要があります。広範な層に受け入れられるために、あえて性別を曖昧にしたり、選択制にしたりする意図も考えられます。この商業的側面は、ジェンダー表現の深化と同時に、その表層的な利用にも注意を払うべきであることを示唆しています。
また、意図せずとも、作品が多様なジェンダー解釈を許容する余地、すなわちクィア・リーディングの可能性も存在します。制作者が明確に非二元ジェンダーを意図していなくとも、作品の持つ曖昧性や多義性が、受け手によってクィアな視点から解釈されることで、新たな意味が付与されることがあります。これは、作品が一度世に出れば、その意味は制作者の手を離れ、多様な読解を生み出すという表象論的視点からも重要です。
まとめ
本稿では、現代のゲームやアニメ作品における性別不明キャラクターの表象を、非二元ジェンダー、表象論、クィア理論といった理論的背景に基づき分析しました。具体的な事例として、『ゼルダの伝説』シリーズのリンク、『原神』の旅人、『ポケットモンスター』シリーズの主人公を取り上げ、彼らのデザイン、役割、呼称、そしてプレイヤーとの関係性がいかに従来のジェンダー規範を問い直し、ジェンダーの多様性を示唆しているかを考察しました。
これらのキャラクターは、固定されたジェンダー規範を揺るがし、多様な性自認への理解を深める上で重要な役割を果たしています。ゲームやアニメが提供する没入的な体験を通じて、プレイヤーは新たなジェンダー観に触れ、自身のアイデンティティについて再考する機会を得る可能性があります。今後の研究では、これらの非二元ジェンダー表象が社会に与える具体的な影響、多文化的な受容の違い、そして更なる表現の進化について、より広範な作品群を対象とした詳細な分析が求められるでしょう。